蟻のすごさ
2004年06月22日 16:12 | com: 0 | tb: 9
昼休み、大学の芝生でご飯を食べていたとき蟻のすごさを目の当たりにした。
パンくずをこぼしてしまい、ああもったいないことをしたと思って放置していたのだが、しばらくすると蟻が5匹くらいパンくずに群がってきていた。
そうか、蟻は甘い匂いを嗅ぎつけて集まってくるのだなと再確認し、するするとくずを運び出していく様子を見ていた。
僕はその姿に興味が沸き、巣まで運んでいく過程を見届けようと思った。
蟻は芝生というジャングルを着実に着実に進み乗り越えていく。
その間、蟻は1匹で途中でパンくずを落とすことなく巣まで運びきった。
2mほどの距離を体長1cmにも満たない蟻が5分で事を終える姿に感動した。
Motivation*Communication
2004年04月22日 17:59 | com: 24 | tb: 0
モチベーションとコミュニケーションの関係性を捉える。
今年度のテーマ。
発表し忘れてしまった内容を少し。
インターネットやケータイが普及したことによって、人は情報を様々なところから得られるようになった。
コミュニティが狭かった時代、人々が目指すモデルは身近な存在、つまり自身の親や年上のお兄さんだったりした。しかしメディアが普及するにつれて、その対象は力道山になり、長嶋茂雄になり、スーパーマンと世界にまで対象が拡がる。その環境の下では、身近なコミュニティ内の知識の宝庫だった老人のような存在は、以前の役割を果たす必要性がなくなり価値を失っていく。
選択の自由と呼ばれ多様な生活を送ることが可能になったが、人々が目指す像が多くなったため、迷いというものが生じてしまう状態。(自分も例外ではない)
人の歴史はモデルを設定し、それを超えることで重ねてきた部分は確実に存在すると思う。
そのような混沌とした状態で、どのように希望(あえてこういう言葉)を見つけていくか。何が決定的な要因になるのだろうか。
文献よりもインタビュー/フィールドワーク。
足を使っていかなければ。
大人とは何か
2004年04月21日 02:30 | com: 132 | tb: 7
大人とは、成長するとは何なのか。
個人的に考えていた時期があって、案外定義づけがなされていないと感じていた。
感性的なものなのか、スキルなのか、人格的なものだろうか。答えなど存在しないように思える。
それとは別に大人が子どもの心を未だに持ち続けているといった表現をすることがある。
それはほとんどプラスのイメージを持っていて、好奇心旺盛なことや失敗を恐れずチャレンジすることを意味する少数派である。
ここで大人、成長するということは予想することなのではと考えた。
何か行動を起こすことで、どのような結果になり反応されるのかを見越すことができること。
それは経験と呼ばれるものかもしれない。
一般的に子どもにはそれほど経験がないため未来を予想することは難しいのだ。
それでも着実に大人と呼ばれるものに近づいていくことは人を阻害する要因なのだろうか。
コミュニケーションの質
2004年04月20日 01:44 | com: 1 | tb: 0
どれだけ友達のことを知っているのだろう。
それは友達の人数のことではなく、深さといえる。
歳を重ねコミュニティが広がるにつれて多くの人と知り合うことになる。そのとき相手とどれほどの会話をし、どれだけ理解することができるのか。友達が増えるにつれて一人一人と接する時間は絶対的に減少してしまうが、どうやらコミュニケーションを深めるために必要なのは決して時間というわけではないようだ。
深いコミュニケーションを行うためには、相手を理解しようとすることと、そして自分のことを真摯に伝えることかもしれない。といいつつも、これが難しい。
果たして自分はどれだけ友達を理解しているのだろう。
モチベーションマネジメント
2004年04月16日 02:01 | com: 0 | tb: 0
最近モチベーションが下がっている。
浮き沈みのあるバイオリズムの中で、どうにかしてこれを高く維持していく方法はないものかと考えた。それが今回の研究のテーマであるのだが、自身が凹んでいてはどうしようもないとも思う。
しかし、自身を理解し、コントロールできるようになるためには、様々な経験をすることが必要だ。今は少しの辛抱時かもしれない。
千駄ヶ谷
2004年03月09日 20:37 | com: 2 | tb: 4

就職活動で千駄ヶ谷に行きました。
ここには今回で3回目になるのでしょうか。駅前に体育館があるのが印象に残ります。かわいかったので体育館の表札をパシャリ。
ストライクゾーンが広いためか志望業界が定まらず、このままではまずいと自問自答してしまう日々です。
身の回りの情報を整理する必要に駆られています。
爆発
2004年02月11日 00:16 | com: 6 | tb: 0
何かが吹っ切れた。
やはり企業を選ぶときに人に注目するのは間違いではない。特に企業と接点の少ない学生は、説明会でどのような人が働いているのか、またはこの企業で働けばどのような人になれるのかをじっと見ているはずだ。そしてそうすべきである。
しかし、説明会での質問は業務内容や成長性あたりに留められ、何だか物足りない。そこで人の振る舞いや態度について注目するのは必要だと思う。もっともっと多くの学生が疑いの目で見てみるべきだ。本当に普段の仕事場での上司と部下の関係なのだろうか。作られた関係ではないのか。また、仕事に対してプロフェッショナルであるのかという点。
説明会に現れる社員は正に企業の顔である。そのような人物は仕事に対してプロフェッショナルでなければならない。誠意が伝わらなければいけないと思う。
間違っていると思ったことを素直に言うべきではなかったのだろうか。外資といえども対応する人間によっては出る杭打たれる世の中であると知った。
今日は非常にタメになった。少々やり過ぎた感もあり、場の空気を読むことも必要かとも思ったが。ただ、大きなネタができた。
社会人になりたい
2004年02月08日 02:50 | com: 7 | tb: 0
赤坂で先輩に仕事についていろいろ話を聞かせてもらったのはよかったのだけど、食事代を全部もつと言う。
食事については対等の立場であり、しかもわざわざ忙しい中時間を作ってくれたわけなので何とか払おうとしたが、きっぱり断られた。
話をまとめると、立場が上のものが払うのが当然ということらしい。なんか納得いかない。
早く社会人になって対等になりたい。
人間の行動って
2004年01月31日 18:32 | com: 2 | tb: 0
人間は何らかの基準にもとづいて行動している。僕は単純にそれを動機と呼びたいのだが、動機を形成するものは個人のパーソナリティに拠るところが大きいと考える。
一般にパーソナリティは幼少期に過ごした環境に左右されるというが、本人が気付いたときにはもう遅いんじゃないか。そこで物心付いてからなんとなく好きという概念は誰しもが持っていると思い、それがどのような影響を与えていくかを考えると、
こだわりの商品購入→独特の個性の追求→アイデンティティの形成→自己実現→満足→幸せ?→行く末は...
これは突き詰めると理由のない欲求かと思う。最近は物欲よりも精神的な欲求を満たすことの方が絶対的に幸せだと思うので、買い物をすることが少なくなった。物欲で満たされるものは一瞬で消えていってしまうところがさみしい。これから莫大なお金を得ることがあっても、それほど幸せにはならないのだろうな。
将来やりたいこと
2004年01月15日 02:47 | com: 2 | tb: 0
現時点でやりたいことが浮かんできた。
それは地元の教育に携わることだ。
思春期を生きている子どもたちにやる気と問題意識を持たせることが出来たらと思う。
かなり突発的な考えであるけれど、今回帰省したときに地元の桑名市は微妙な立場にある街なのではと感じた。それは街として凄く発展しているわけでもなく、かといって田園風景溢れるわけでもなく、何を目標に街づくりをしているのかわからないという意味でのこと。毎年2回は帰省しているのだけど、今回認識したことは僕は桑名が好きだという事実で、この街を何とか盛り上げていけたらと考えるようになった。
僕が東京で過ごしている内にも桑名にも確実に変化があって、大学1年の夏にはヘリコプターが墜落したり、大学3年の夏には長島スパーランドのスチールドラゴンの車輪が外れるという事故、そしてRDFの爆発事故などの悲惨な出来事が起こっている。身近なところでは玩具店がコンビニになっていたり、お洒落な店が増えたりと、時間はゆっくりながら変化がある。こんな街に少しでも貢献できたらと今は強く思う。
就職に求めること
2004年01月14日 12:59 | com: 2 | tb: 0
今は大学を卒業したら就職をしようと考えている。
それで現時点での就職に求めることを挙げてみようと思う。
・経済的に自立すること(自分で稼いだお金で生活できること)
・自分が楽しいと思うことをすること(心の満足を得ること)
・成長すること(人間としての成長)
近い将来においてはこのような感じ。
就職活動を始めたのは、正直言うと周りがそのような雰囲気になってきたからであって、なぜやっているのか深く考えたことはなかった。これはかなり受身的な行動であって、このままなあなあで進めていくと絶対良い選択は出来ないだろう。そこで、年末・年始の友達や先輩たちとの会話の中で少し将来のことについて整理できた気がするのでまとめようと思う。
今は大学生をしていて、学費も生活費も仕送りという形で親からいただいている。親に頼らず一人でまかなっている人もいるが、僕ははっきりいってこの点は甘えていて、貰うべきものとして思っている。それは今の時点でそれだけのお金を稼ぐ能力もないし、合理的ではないと考えるからだ。一年間に250万円くらい援助してもらっているのではないだろうか。ただ、経済的に親に頼るのは大学卒業までにしようと思っていて、それは自分が成長しないからと考えている。この場合の成長は思考の成長と捉えている。例えば親に金銭的に頼っていると、本当に生活に苦しいときはなんだかんだ言って親は手を差し伸べてくれるだろう。そのような環境に慣れてしまうと、限界のボーダーラインが低くなってしまい、自分で工夫してやりくりする能力がつかない。その意味で僕は経済的に自立することを願っている。
そして満足する仕事をすること。自分勝手な考えかもしれないが、どんな仕事をしても僕は社会に貢献できると考えている。だから仕事をするための一番の目的にはしないと決めた。しかしこうは言っておきながらも、実際はどのような仕事をすれば満足するかがはっきりしていない。この点はじっくり問い詰めてみる必要がある。
そして、親にここまで育ててくれた恩返しがしたい。ただ、それはお金を返すことではないし一般的に言われている大企業に就職することでもないと思う。何だろう。抽象的だが成長することだろうか。この点についても考えてみたい。
甲府への小旅行
2004年01月11日 23:17 | com: 0 | tb: 0
昨日のことになってしまうが、大ちゃんと二人で甲府まで出かけた。というのは、去年の3月に天津でホームステイしていたときの大ちゃんの家の沈ちゃんに会いにいくためだ。町田を9時ぐらいに出発し、横浜線と中央線を乗り継ぎ、まずは石和温泉へ。二人でどこかに行くときはほとんど温泉に入ってしまう。日の出温泉というところで、ほとんど貸切の風呂を堪能する。昼時だったので、初体験の馬刺しと甲府名物ほうとうを食す。舞台を甲府に移し武田神社を訪れた。まだ新年ということで、参拝客と成人を迎える人などでにぎわっていた。
甲府駅前のマックで15時に待ち合わせ。沈ちゃんと近況を話していると、どうも友達はバイトに明け暮れて大学に行っていない状況らしい。留学生はバイトをして高い学費を稼がなければならないのだが、バイトに忙殺されて勉強することができないなど、日本への留学生の問題が垣間見えた。幸い、沈ちゃんはビジョンをもっていてほっと安心できた。まだ1年生なので、大学卒業までその気持ちを持ち続けてほしい。
やり続けるためには
2004年01月08日 03:08 | com: 0 | tb: 0
好きなことであれば継続していくことは容易いかもしれない。
逆に嫌いなことは続けることが苦痛である。
出来ることならば好き勝手やっていたいが、残念ながら身の回りにある環境は好きなことばかりではないので、どこかで我慢が生じることになる。むしろ生きていると我慢の方が多いので、如何にして我慢と付き合っていくかを考えるとよいのではないか。
我慢にも2種類あると考えていて、終わる見込みのないものと終わる見込みがあるものの2つ。前者は止めることでプラスになるのであれば、すぐさま終了してしまうべきだろう。だが、後者は続けることがかえってプラスになることもある。最近はやり抜くことが重要だと考えていて、それは責任をまっとうすることが出来ることと、メリハリがつけられることだと思っている。
終わることの喜びを感じられる人は成長する。それはまた新しいスタートを切ることができるからだ。
心の持ちよう
2004年01月06日 06:50 | com: 0 | tb: 0
エジソンはこう言っていた。成功するためには1%の才能と99%の努力が必要であると。
なるほど。この考え方には賛否両論あると思うが、僕はこのように考えている。
人が成功する、つまり目標を達成するためには、強い動機づけがあればその確立は高くなるというものだ。
物事に対して明確な動機づけをすることは、人が潜在的に持っている力をその方向に正しく導いてやることであり、それが行われたときには大きな力を発揮することができる。
今回友人とはイチローを題材にして話が盛り上がった。彼が野球で成功したのは、もともと野球に対する才能が素晴らしく、それを充分に伸ばすことの出来る環境があったからこそという意見もあった。しかし、それ以上に彼の強い動機づけが野球に向いたことが、現在の成功に結びついているのではと考えている。
つまり、前者の考えだとイチローは野球を志したからこそ成功したと言えるのだが、後者の考え方であると、例えば強い動機づけがサッカーに向いていたならばイチローはサッカーでも成功したと言えるのだ。
僕は、この動機づけが早い時期で行われた人はその分野で活躍する可能性が高くなるのではと考えている。イチローがいつから意識して野球に取り組んでいたかはわからないが、彼が高校時代からバッティングに対してコーチの意見を鵜呑みにしていなかったことから、かなり早い段階で動機づけがなされていたと言えるのではないか。
心の持ちようは人それぞれであるが、物事に取り組むときには、動機づけをしっかり行っておけば得るものが多くなることは間違いない。
納得する生き方をするためには
という題で話が盛り上がった。
そして結論から先に言うと、やりたいと思ったことは全てやれということだった。
人は何か行動を起こすときには、その行為による後々の影響を考えてしまうことがある。自分がやりたいと思うことでも、他人に迷惑をかけてしまったり、モラルに反していると思うとなかなか行動に移すことが億劫になる。しかし僕らは諦めて行動をしないよりは、行動して失敗する方がマシだという結論を出した。それは、やらずに過去のことを振り返ったとき、やる勇気がなかったからということがあってはならないと考えるからだ。また、失敗したとしても、僕達はまだまだやり直せる年齢であるし、可能性を自分から潰してしまうのはもったいない。ある意味若いから許されるという特権をフル活用していくべきだと考えた。何事も経験であるから、まずは体験してみて、その後に反省をすればいいだろう。
そうして生きることが、納得する生き方をするために必要なことだ。
モチベーション
いきなりだが、最近自分の中で重要な位置を占めてきたモチベーションについて深く考えてみようと思い立った。
というのも、情けないことに特別やりたいことがなく、何となくその日暮らしの生活をしていることに対して嫌気がさし、このままではダメだと思ったからだ。
自分がこれからどのような問題意識を持って生活していけばいいのか。それを見つけ出すためには、過去を振り返り、その時その場でどのように考え、意思決定してきたかを検討する必要がある。これは心や脳の働きを探ることに類似していると考える。
こう思うようになったのも友人との会話からなので、これから自分のことだけでなく、友人達がどのように考え行動してきたのかも探っていこうと思う。
地元の仲間との語らいで
2004年01月04日 03:50 | com: 0 | tb: 0
非常に大きな、そして重要なことを思い出したような気がする。
それは夢をアツく語ること。
これが出来なければ生きている価値はないなと。
でも、それが出来ない。
悔しい。空しい。無力感。
伸年
2004年01月01日 22:29 | com: 0 | tb: 0
これを今年のコンセプトにしました。
どんな決定をしても最良の選択が出来るように、気持ちを新たにしていきます。
自分のこと
2003年12月27日 02:34 | com: 0 | tb: 0
最近、ずっと考えていた。
というのも将来のことを考えるにあたって、自分についてしっかりと理解しておく必要があったから。先日友達にいろいろと突っ込まれ、それに対する答えを出せなかったことがとても口惜しくて、かなり凹んだ。
自分は何者で何をしてきて何をしたいのか。そうしたことを今まで深く考えたことがなかったので、これは見直してみなければいけないと思った。
過去20年間あるわけで、これらを書き連ねていくと莫大な量になりそうだ。
で、まだまだ整理がつきそうもないのだが、思ったこと。
過去、興味を持ったことはいくつかやってみたわけだが、続いたのは野球くらいになってしまう。野球は小学校3年から高校3年の夏まで計10年間続けることが出来た。続けることが出来た原動力は何だったのだろうか。他にやるスポーツがなかったから?やっぱり野球が好きだったからか。野球バカではなかったので、完全にのめり込んでやっていたわけではなかったが、充分にやり遂げた感はある。もちろん、もっとやっておけばという後悔はあるけれども。
どうも人生の中でこれほど長く続けられたものがないので、これは自分の支えになっている。ただ、大学に入ってからはこれといって打ち込んだものがなく、なんとなく生活してきたように思う。
これからもっと問い詰めていかなければならないだろう。
