20050331
2005年03月31日 23:48 | com: 0 | tb: 0
バイトから帰るなり、友人の引越しを手伝った。
荷物を車に運び、そこから都立大学駅へ向かって車を走らせる。世田谷街道は単線ということもありどうにも進まないことが多いが、混雑のポイント以外ではある程度はスムーズに進むことが出来る。環八や246などの大きな通りの交差する地点は非常に混む為にかなりの時間が失われる。道が分かり易いのはよいが、こういった大きな通りは道路事情に詳しくない者に譲って地元の人間はもっと別のルートを通って渋滞を少しでも解消してほしいものだ。そして246沿いの右折のし難さが曲者で、お陰で曲がるべきところを通過してしまい環七まで突入ということもあった。
案外東京は車で移動すると近いということがわかったが、事前に道の空いているルートを調べておくべきなのだろう。
さて、明日は東山田中学校の手伝いに出掛ける。これといって意気込みはないのだが、しっかりと空気感を味わってこようか。
広い部屋に独り
2005年03月30日 00:09 | com: 0 | tb: 0
兄が会社の寮に移ったので、只今広い部屋を独り占めにしている。
ただどうも落ち着かないというのが本音のところであり、空いたスペースを有効に使うというわけでもなく今までの居住スペースで生活している。
ゆったりとした時間をどのように使うかは何時如何なる場面でも問われるものであるが、時間に余裕のあるときは料理に目を向けることが可能になってくる。
かといって凝ったものを作れるかといえば無理だ。簡単な、しかも単純な料理に限られてくる。ただ、今回は少し趣向を変えてみることにした。
豚キムチなる料理が存在するが、それに納豆を加えてみる。納豆豚キムチは少々粘りのある様相をしていた。納豆のまろやかな甘みとキムチの辛さで相殺され、味はまとまらずにいたのだが、豚肉のしっかりした歯応えが幸いし難を逃れた格好となった。
最近は納豆チーズパンや納豆キムチベーコン卵丼などと納豆強化週間となっている。
解夏
2005年03月01日 11:15 | com: 0 | tb: 0
大沢たかおが好きなことや友達が話していたことからずっと気になっていて、 レンタルの空きが一つ残っていたのでやっと借りることができた。
ベーチェット病と呼ばれる病気によって徐々に失明に至っていく主人公を思うと、どうしてこんな不幸が訪れることになってしまうのかと悲しくなってしまうが、故郷長崎で生活していく中で病気に対する心構えを少しずつ整えていくように思う。どうしようのない苦しみを独りで抱えていたが、人々との交流や長崎の街を眼に焼付けていく内に人生の大きな流れのひとつとして受け入れていく。
最も印象に残るのは人々の心情と長崎の街並みがシンクロしていく姿であり、人々の生活は街に存在する全て、個人的には坂や海と深く係わっているのだと気づかされる。
長崎には高校の修学旅行で訪れたことがある。
そのときには盆地に築かれた市街を電車や徒歩で廻って、レンガ造りの建物や瓦や木造の建物が混在するコントラストを感じていた。ちょうど5月の半ばだったろうか。制服が学ランだった僕たちは春から夏へと移り変わる季節で冬服から夏服へと衣替えをする途中で、当時の平和記念像の前で撮影した集合写真を見ると黒い学ランと白いワイシャツが混在していることがわかる。長崎の空は澄み切った突き抜けるような青色で迎えてくれていたと記憶している。
新地中華街で食べた長崎ちゃんぽん。解夏の中で主人公ら三人が食べていたあの店は偶然にも僕らが訪れた店だ。白く濁った魚介類のスープは驚きながらも飲み干した。座敷にあぐらをかきながらくつろいだ覚えがある。
長崎の海をぼんやりと眺めてみたいと思った。
優しい気持ちに出会いたいときに観たい作品。
