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複雑なメディア:メッセンジャー

2004年05月13日 04:47 | com: 2 | tb: 1

IMはe-mailやケータイとは性質の異なったメディアである。
そして、使う者によっても捉え方に相違のあるものである。

僕はIMの存在を大学に入学してから知った。
当時はICQもやるしMSNメッセンジャーもやる二刀流がいたが、ちょうどICQからMSNメッセンジャーへと移行するような時期であったと感じる。
確かにIMのツールは様々あるが、MSNメッセンジャーが周りでは一番多い。

表示名については利用方法が多様になってきている。
一般には名前をそのまま載せるか、もしくは名前が分かる程度でアレンジをする。
ただ、複雑なアレンジを加えたり皆に対してメッセージを発信するような人は非常にIMを使い慣れていると断定できる。よってSFCのような環境に身を置けば、相対的に変わった使い方をする人数が多くなるといえる。

そして、IMの使い分けについて。
僕の場合は暇で話し相手を探したいから起動するわけではなく、一種の礼儀として起動することが多い。
つまり、もしかして誰か自分に話しかけたい人がいるかもしれないから起動するということで、礼儀的にいつでもメッセージを受け取ることはできるという状態を作り上げておくことが大切なのである。
また、IMを長く使っていると分かるかもしれないが、IMに慣れた人ほど無駄話しをしなくなる。
初心者は兎角嬉しくて話しかけてしまう傾向があるが、ベテランはそれなりの風格を備えるようになるのだ。
ベテランはIMの酸いも甘いも知っている。
チャットをしていて困ることは、予想以上に話が延びてしまうことと、話の終わり方ではなかろうか。
ちょっと訊きたいことがあり、すぐに会話を終えたいと思うことがあっても切り方には配慮しなければならない。用件のみで終えてしまうと冷たい印象を与えてしまうことがあり、一種の罪悪感と格闘を余儀なくされることがある。また、目上などと会話するときはより一層の配慮が必要で、必ず最後の会話は自分がしなければならないという心理が働く。これはケータイメールでも取り上げられたトピック。ただ通常のコミュニケーションでも同じことは起こりうるのだろうが。

まあ、IMはうまく使い分けをしていくべきメディアであり、今後も目を離せないところではある。

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Comments

>暇で話し相手を探したいから起動するわけではなく、一種の礼儀として起動することが多い

僕の場合もそんなことありますね。
”僕もオンラインしましたよ~”みたいな。挨拶的な感じで。

他ではネットを介さないとできない用事のときに
「メッセにサインインしておいて~」
とか頼んだりしてます。

話の切り方は確かに考えさせられるなぁ。
でも大抵何も話さないうちにどっちかがサインアウトしてるのが常。
こういうのしてると友達減りますかね?

投稿者 imai : 2004年05月14日 22:04

すまん、ちょっと反省しました(^_^;
僕の場合PCを使える機会は週1回あるかないかなので
常に起動しっぱなしですが
つい無駄話してしまうあたりまだまだヒヨっ子やな(笑)

あと、僕はオンライン上の交流は所詮オンライン上のものでしかないと考えるので、
それぞれが自由にやればいいんじゃないかなぁと思います。
ただ、それによって他人に迷惑をかけたり著しく不快感を与えたりするなんてことは
あってはならんことやけどね。言うまでもなく。

僕がメッセンジャで話しかけるたびに、忙しくても相手してくれるsho君いつもありがとう。

投稿者 カワバタshitpunks : 2004年05月23日 14:11