人間の行動って
2004年01月31日 18:32 | com: 2 | tb: 0
人間は何らかの基準にもとづいて行動している。僕は単純にそれを動機と呼びたいのだが、動機を形成するものは個人のパーソナリティに拠るところが大きいと考える。
一般にパーソナリティは幼少期に過ごした環境に左右されるというが、本人が気付いたときにはもう遅いんじゃないか。そこで物心付いてからなんとなく好きという概念は誰しもが持っていると思い、それがどのような影響を与えていくかを考えると、
こだわりの商品購入→独特の個性の追求→アイデンティティの形成→自己実現→満足→幸せ?→行く末は...
これは突き詰めると理由のない欲求かと思う。最近は物欲よりも精神的な欲求を満たすことの方が絶対的に幸せだと思うので、買い物をすることが少なくなった。物欲で満たされるものは一瞬で消えていってしまうところがさみしい。これから莫大なお金を得ることがあっても、それほど幸せにはならないのだろうな。
研究会発表
今日の9時半から継続中である。
半日弱の時間、いろいろな人の発表を聞くことは多様な価値観を得るために必要なのだろうが、とてもじゃないが徹夜明けの身には厳しすぎる。
人間が集中できる時間ってどれくらいだったか。今回の形式を改善して、もっと有意義に時間を過ごすことはできないだろうか。
単純に発表を分割して時間を短くした方がいいのか。来期やる場合、もう一度再考したほうがよさそうだ。やっぱりじっとし続けられない性質のようなので。
プレゼンテーション
プレゼンテーションを成功させる秘訣は何だろう。
今日研究会の最終発表会ということもあり、たくさんのプレゼンテーションを聞く機会に恵まれた。
どうもプレゼンテーションを上手くやるには、あまりにも完全な資料を用意しないことのような気がする。というのは、完璧に近いものだと用意した資料の内容をこなしていけばある程度の発表が出来るからであって、横道に脱線することがない。話し続けてしまうのだ。
出来れば観衆の反応を見つつ、それに応えていくことがお互いにとって楽しいものになるようだ。それにはアドリブが出来ることが必要条件になるのかな。自分には備わっていないものだと思うと残念なことではあるのだけれど。
プレゼンテーションと言えどもコミュニケーション。やはり対話が必要。
ITへの疑問
2004年01月29日 00:47 | com: 0 | tb: 0
なんだかITに縛られているような気がする。
最近になって感じてきたものではないのだけれど、大学に入って身近になったせいか、毎日接するようになっている。外に出かけていてもメールが届いているんじゃないかと気になったり、早く帰らなきゃならないと焦ったり、なんかおかしいぞ。
人の生活を便利にするためにIT技術は存在するはずなのに、生活がITに支配されているような気になってくる。こんなにコミットしないといけないのか。。
確かにITが発達して、今まで不可能だったことが可能になったり、コスト削減で効率化が図れたりと、その恩恵は目を見張るところがある。
しかし、それにどっぷりと浸かって失うことがたくさんあるように思う。
最近思うのは、やっぱり人と話したり行動したりすることが非常に大切だということ。
他者がいるからこそ自分がいるのであって、お互いに影響を受け合うことで人間関係が構築されていくことが基本だと思い直している。今思うと、それほど他人に対して深い興味を抱いてこなかったことが悔やまれる。僕はあまり物事にこだわらない性格なので。
SFCという環境に身をおいていると、あたかも自分の現状が世間一般の標準だと錯覚しがちだ。
でも、こんな環境にいるからこそ今後のITとの関係を考えることも出来るので、ITメディアとどのように付き合っていけばいいのかを自分なりに考えていきたい。
水泳
2004年01月23日 23:50 | com: 0 | tb: 0
久しぶりに町田の市民プールに泳ぎにいった。
水が冷たいだろうと考えていたが、普通に入れるくらいで安心した。
なんだかんだ2000mをクロールと平泳ぎして、適度な疲労感。
泳いでるときは頭の中カラッポでとてもすっきりするのだ。
免許証の再交付
2004年01月20日 00:51 | com: 0 | tb: 0
先月財布と一緒に免許証も失くしてしまったので、江東運転免許試験場へ行ってきた。
再交付には案外時間はかからなくて、賞味40分くらいで全てが終わった。
ただ、手続きのための3350円がイタイ。写真の撮影を合わせると3850円も払ったことになる。
午前10時半の時点で再交付の受付が10人くらいだったのを考えると、毎日何十人かの人は免許証を失くして試験場を訪れるのだろう。さすが、東京。
大月家
2004年01月18日 02:17 | com: 0 | tb: 0
今日は大月さんのお宅へお邪魔させていただきました。
先日の新年会に洩れてしまったから実現できたことなのですが、楽しかったです。感謝感謝★
暁信くんみたいな小さな子と触れ合うのは本当に久しぶりでした。子どもがいる家庭って雰囲気が違って、なんだかほっとする気分になるのです。見ているだけで自然と笑ってしまう。あの顔を見てると悪いことしようなんて思えないなあ。音楽にちゃんとリズムを合わせて踊る姿には感激して、子どもってすごい可能性があるんだと思いました。
奥さんのまゆこさんも母親としてしつけには注意しているようで、僕らはかわいいからあやしてしまうところをきちんとしつけしていたので感心しました。親になると落ち着きがでるんでしょうか。とってもキュートな上に大人の魅力を感じました。
途中で帰ってしまって残念でしたが、忙しい中の一時の和みになりました。
大月さん招いてくれてありがとです。
将来やりたいこと
2004年01月15日 02:47 | com: 2 | tb: 0
現時点でやりたいことが浮かんできた。
それは地元の教育に携わることだ。
思春期を生きている子どもたちにやる気と問題意識を持たせることが出来たらと思う。
かなり突発的な考えであるけれど、今回帰省したときに地元の桑名市は微妙な立場にある街なのではと感じた。それは街として凄く発展しているわけでもなく、かといって田園風景溢れるわけでもなく、何を目標に街づくりをしているのかわからないという意味でのこと。毎年2回は帰省しているのだけど、今回認識したことは僕は桑名が好きだという事実で、この街を何とか盛り上げていけたらと考えるようになった。
僕が東京で過ごしている内にも桑名にも確実に変化があって、大学1年の夏にはヘリコプターが墜落したり、大学3年の夏には長島スパーランドのスチールドラゴンの車輪が外れるという事故、そしてRDFの爆発事故などの悲惨な出来事が起こっている。身近なところでは玩具店がコンビニになっていたり、お洒落な店が増えたりと、時間はゆっくりながら変化がある。こんな街に少しでも貢献できたらと今は強く思う。
就職に求めること
2004年01月14日 12:59 | com: 2 | tb: 0
今は大学を卒業したら就職をしようと考えている。
それで現時点での就職に求めることを挙げてみようと思う。
・経済的に自立すること(自分で稼いだお金で生活できること)
・自分が楽しいと思うことをすること(心の満足を得ること)
・成長すること(人間としての成長)
近い将来においてはこのような感じ。
就職活動を始めたのは、正直言うと周りがそのような雰囲気になってきたからであって、なぜやっているのか深く考えたことはなかった。これはかなり受身的な行動であって、このままなあなあで進めていくと絶対良い選択は出来ないだろう。そこで、年末・年始の友達や先輩たちとの会話の中で少し将来のことについて整理できた気がするのでまとめようと思う。
今は大学生をしていて、学費も生活費も仕送りという形で親からいただいている。親に頼らず一人でまかなっている人もいるが、僕ははっきりいってこの点は甘えていて、貰うべきものとして思っている。それは今の時点でそれだけのお金を稼ぐ能力もないし、合理的ではないと考えるからだ。一年間に250万円くらい援助してもらっているのではないだろうか。ただ、経済的に親に頼るのは大学卒業までにしようと思っていて、それは自分が成長しないからと考えている。この場合の成長は思考の成長と捉えている。例えば親に金銭的に頼っていると、本当に生活に苦しいときはなんだかんだ言って親は手を差し伸べてくれるだろう。そのような環境に慣れてしまうと、限界のボーダーラインが低くなってしまい、自分で工夫してやりくりする能力がつかない。その意味で僕は経済的に自立することを願っている。
そして満足する仕事をすること。自分勝手な考えかもしれないが、どんな仕事をしても僕は社会に貢献できると考えている。だから仕事をするための一番の目的にはしないと決めた。しかしこうは言っておきながらも、実際はどのような仕事をすれば満足するかがはっきりしていない。この点はじっくり問い詰めてみる必要がある。
そして、親にここまで育ててくれた恩返しがしたい。ただ、それはお金を返すことではないし一般的に言われている大企業に就職することでもないと思う。何だろう。抽象的だが成長することだろうか。この点についても考えてみたい。
藤田竜志さん
2004年01月13日 03:58 | com: 0 | tb: 0
今晩は体調が悪い中お付き合いさせていただいてありがとうございました。
これからを生きる上でとても考えさせられるものがありました。
藤田さんは奄美に住んでいて島と本土を頻繁に往復している。
それは島を変えたいという強い思いがあるからだ。
奄美の自然を守るために国を相手に闘っていて、とても一生懸命。今奄美はその自然の豊富さから、沖縄に次ぐ観光地として資本が大量に入ってきているという。島の人々は土地を守ることと土地を手放して経済的に豊かになることを天秤にかけ、遂には土地を手放してしまうこともあるそうで、藤田さんはその現実を踏まえた上で問題の解決を考えている。自然を守るためのNPOを立ち上げたい。そのためには島の人間を変えなければいけないとも言っていた。今後は外国で様々な視点を得たいということで、33歳の彼は好奇心と意欲で満ち溢れている。
彼が運営している奄美の観光産業。奄美の自然を体験してほしいと願っています。
目的と動機がはっきりしていて、人としての器が大きく優しい人。
藤田さんはそういう人間だ。
甲府への小旅行
2004年01月11日 23:17 | com: 0 | tb: 0
昨日のことになってしまうが、大ちゃんと二人で甲府まで出かけた。というのは、去年の3月に天津でホームステイしていたときの大ちゃんの家の沈ちゃんに会いにいくためだ。町田を9時ぐらいに出発し、横浜線と中央線を乗り継ぎ、まずは石和温泉へ。二人でどこかに行くときはほとんど温泉に入ってしまう。日の出温泉というところで、ほとんど貸切の風呂を堪能する。昼時だったので、初体験の馬刺しと甲府名物ほうとうを食す。舞台を甲府に移し武田神社を訪れた。まだ新年ということで、参拝客と成人を迎える人などでにぎわっていた。
甲府駅前のマックで15時に待ち合わせ。沈ちゃんと近況を話していると、どうも友達はバイトに明け暮れて大学に行っていない状況らしい。留学生はバイトをして高い学費を稼がなければならないのだが、バイトに忙殺されて勉強することができないなど、日本への留学生の問題が垣間見えた。幸い、沈ちゃんはビジョンをもっていてほっと安心できた。まだ1年生なので、大学卒業までその気持ちを持ち続けてほしい。
枚方バンダム
2004年01月09日 21:56 | com: 0 | tb: 0

NHK総合を見ていたら「聞き屋」というものをやっている枚方バンダムさんを紹介していた。渋谷や新橋、横浜の駅前で活動していて、話をしたい人たちが彼を訪れるという。
両親や友達には話せないことでも、第三者には素直に話せるという人がいる。
そんな気持ちも分からないでもない。
今では気持ちを伝える手段はメディアが豊富な分たくさん存在する。しかし、人間として一番基本的なことである話すということが、なかなかうまくできない。東京という街はそんな人で溢れかえっている。
枚方VanDamme Official Site
asahi.com MYTOWN東京:お話、聞きます 家族には明かせないこと
やり続けるためには
2004年01月08日 03:08 | com: 0 | tb: 0
好きなことであれば継続していくことは容易いかもしれない。
逆に嫌いなことは続けることが苦痛である。
出来ることならば好き勝手やっていたいが、残念ながら身の回りにある環境は好きなことばかりではないので、どこかで我慢が生じることになる。むしろ生きていると我慢の方が多いので、如何にして我慢と付き合っていくかを考えるとよいのではないか。
我慢にも2種類あると考えていて、終わる見込みのないものと終わる見込みがあるものの2つ。前者は止めることでプラスになるのであれば、すぐさま終了してしまうべきだろう。だが、後者は続けることがかえってプラスになることもある。最近はやり抜くことが重要だと考えていて、それは責任をまっとうすることが出来ることと、メリハリがつけられることだと思っている。
終わることの喜びを感じられる人は成長する。それはまた新しいスタートを切ることができるからだ。
心の持ちよう
2004年01月06日 06:50 | com: 0 | tb: 0
エジソンはこう言っていた。成功するためには1%の才能と99%の努力が必要であると。
なるほど。この考え方には賛否両論あると思うが、僕はこのように考えている。
人が成功する、つまり目標を達成するためには、強い動機づけがあればその確立は高くなるというものだ。
物事に対して明確な動機づけをすることは、人が潜在的に持っている力をその方向に正しく導いてやることであり、それが行われたときには大きな力を発揮することができる。
今回友人とはイチローを題材にして話が盛り上がった。彼が野球で成功したのは、もともと野球に対する才能が素晴らしく、それを充分に伸ばすことの出来る環境があったからこそという意見もあった。しかし、それ以上に彼の強い動機づけが野球に向いたことが、現在の成功に結びついているのではと考えている。
つまり、前者の考えだとイチローは野球を志したからこそ成功したと言えるのだが、後者の考え方であると、例えば強い動機づけがサッカーに向いていたならばイチローはサッカーでも成功したと言えるのだ。
僕は、この動機づけが早い時期で行われた人はその分野で活躍する可能性が高くなるのではと考えている。イチローがいつから意識して野球に取り組んでいたかはわからないが、彼が高校時代からバッティングに対してコーチの意見を鵜呑みにしていなかったことから、かなり早い段階で動機づけがなされていたと言えるのではないか。
心の持ちようは人それぞれであるが、物事に取り組むときには、動機づけをしっかり行っておけば得るものが多くなることは間違いない。
納得する生き方をするためには
という題で話が盛り上がった。
そして結論から先に言うと、やりたいと思ったことは全てやれということだった。
人は何か行動を起こすときには、その行為による後々の影響を考えてしまうことがある。自分がやりたいと思うことでも、他人に迷惑をかけてしまったり、モラルに反していると思うとなかなか行動に移すことが億劫になる。しかし僕らは諦めて行動をしないよりは、行動して失敗する方がマシだという結論を出した。それは、やらずに過去のことを振り返ったとき、やる勇気がなかったからということがあってはならないと考えるからだ。また、失敗したとしても、僕達はまだまだやり直せる年齢であるし、可能性を自分から潰してしまうのはもったいない。ある意味若いから許されるという特権をフル活用していくべきだと考えた。何事も経験であるから、まずは体験してみて、その後に反省をすればいいだろう。
そうして生きることが、納得する生き方をするために必要なことだ。
モチベーション
いきなりだが、最近自分の中で重要な位置を占めてきたモチベーションについて深く考えてみようと思い立った。
というのも、情けないことに特別やりたいことがなく、何となくその日暮らしの生活をしていることに対して嫌気がさし、このままではダメだと思ったからだ。
自分がこれからどのような問題意識を持って生活していけばいいのか。それを見つけ出すためには、過去を振り返り、その時その場でどのように考え、意思決定してきたかを検討する必要がある。これは心や脳の働きを探ることに類似していると考える。
こう思うようになったのも友人との会話からなので、これから自分のことだけでなく、友人達がどのように考え行動してきたのかも探っていこうと思う。
プロレスin東京ドーム
2004年01月05日 02:59 | com: 0 | tb: 0
年末の格闘技旋風冷めやらぬ中、今日も東京ドームでプロレスが開催された。
なんといっても注目は中邑vs高山。
先日のイグナチョフとの対戦は結局無効試合になって、再試合が発表された中邑。それとは関係はないのだが、今回の対高山は両者ともに背負うものがあり、プロレスファンの盛り上がりはすごいものがあった。
熱狂的ファンではないが、プロレスを見ることを随分面白いと感じるようになった。それは肉体といういわば自身そのものを相手にぶつけていき、自己を思いっきり表現出来るからだ。汗を掻き、血だらけになっても戦い抜く信念が伝わってきて、それが僕たちにも伝わってくる。そんな一生懸命さがカッコよく、感動を与えるのだろう。
勝負は八百長で、結果が決まっているものとされているが、今言えるのはそんなことはどうでもよく、力と力のぶつかり合いを見ることの出来るスポーツであるということ。これからも時間が許せばチェックしていきたい。
試合結果はこちら
森山良子
金スマで森山良子が出ていた。
途中から見たのが残念だったが、最近「涙そうそう」が盛り上がっていて、BEGINや森山良子とは一体どのような人なのかという素朴な疑問があった。そんなこんなでテレビに釘付けになってしまったのだが、「涙そうそう」の涙がポロポロ流れることという意味に、森山良子が死んだ兄を想って詞を書いたというエピソードを知って素直に感動した。
歌に対して特別強い意識を持って聴いたことがないのだが、歌にもエピソードがあり伝えたいメッセージがある。そんなことを今後は注目していきたいと思うようになってきた。
番組で印象に残ったのは、19歳のとき、フォークシンガーとしてプロデビューの話を持ちかけられた際に発した言葉、「私はジャズシンガーになりたいんです」だ。ここに彼女の芯の強さを感じる。僕はもう21歳。しかし、まだまだやりたいものが明確にない。
地元の仲間との語らいで
2004年01月04日 03:50 | com: 0 | tb: 0
非常に大きな、そして重要なことを思い出したような気がする。
それは夢をアツく語ること。
これが出来なければ生きている価値はないなと。
でも、それが出来ない。
悔しい。空しい。無力感。
伸年
2004年01月01日 22:29 | com: 0 | tb: 0
これを今年のコンセプトにしました。
どんな決定をしても最良の選択が出来るように、気持ちを新たにしていきます。
伊勢神宮

今年も参ってきました。毎年元旦の夜に家族と出掛けることが習慣になっていて、今年も参拝できたと思うとまた一年間やれそうだなと思うのでした。
伊勢神宮には内宮と外宮の2つあるのですが、内宮にある正宮前の石階段は幅がSFCの正面の段と同じようだったので、こういうのは何か由来があるのではと思いました。今年は昨年よりも参拝客が多く、賑わっていました。例年よりも気温が高かったからでしょうか。幼少の頃は耳あてをしていた記憶があります。
また新たな気持ちで一年を過ごせそうな気持ちです。
年越し
高校の野球部のメンバーと年を越しました。
除夜の鐘をならしたり、近所の神社に参りにいったりと、幼少の頃経験したことを辿ってみたりして、妙に懐かしくなるのでした。
やっぱり実家というものの存在は大きいのだなとしみじみと思いました。
